子供のキティ化
親にとっての“いい子”が増えている
ある研究機関によると
(確か香山リカさんだったと思うが)
子供のキティ化が叫ばれている!?
小さい子供が毛布やタオルを話せないでいる
あれは外の世界への不安や恐怖を
それらで(移行対象)補っているらしい
ところが今度はそれを母親が自分の娘にする
最近は父親が息子にする人もいるが・・・
子どもを外の世界に出さない母親
小学生が
「友達よりもキャラクターのほうが安心できる」
と思っている
一度外の世界に出てから、
そこで病んだり疲れたりして、もう一度こういう
世界(移行対象としてのキャラクター)に戻っているのか?
全般に小学生の心の発達が少しずつ遅れているのか?
まだ、母親の世界と移行領域の世界の間に
とどまったままなのかもしれないと思います。
ただ、これは、母親の未熟にも原因がある。
いま、母子密着が問題になっていますが、
母親自身も子どもにキャラクター的な
役割を求めて、子どもが手離せない、
という状況なども見られます。
なかなか子どもを第三者のいる社会に
出さない、いつまでも子どもと一体化して、
そこに父親とか他人の入り込む余地がない、
という状況です。
父親の力が弱まったことにも原因がある
はずですが、父親がそういうところに
割って入る、という本来あるはずのことを、
母親はむしろ望まなくなってきており、
子どもに、「お父さんってとにかくわけがわからない」
とか「他人とは恐い」、などと言って、
なかなかその状況を打ち破ることができないようです。
子どもに何でも話しすぎる母親
とにかくいまの時代の特徴として、
子どもが未熟という以上に、
お母さん自体が未熟で、
子どももキャラクターも同じレベルでかわいい、
ということになっている状況があります。
このことは現在深刻な問題になっておりまして、
いい意味では友達みたいに仲のいい親子なのですが、
お母さんが子どもに何でも話してしまうわけです、
まるでサボテンにでも話すように。
まだ小学生くらいの子どもに、例えば、
「お母さん、子どもができたけど中絶しようと思っている」
とか
「お母さん、お父さんじゃない人を好きになってしまったんだけど」
というような、相談とも独り言ともつかないようなことを
何度も言ってしまう例もあります。
自分の中にとどめておけない、
というところがあるようなのですが、
それはもう子どもに話しているというよりは、
子どもがキャラクターのようなものになっていて、
それに話しかけている、という状態になっています。
一方で、子どもの中で
「自分は親から承認されていない」という、
何か不思議な感覚なのですが、
そういう意識も強まっています。
見た目はすごくかわいがられており、
むしろ過保護ですから、愛情は濃いはずなのですが、
実は子どもは全く理由無しにこの家にいると
いうことが何か不安と言いますか、
自分はいらない子どもだったのではないか、
とか、親にとって無意味な子どもなのではないか、
とか、なぜか自分に自信がもてない状況が
あったりするようです。
ただのほほんといることができないようでして、
そうなるとどうするかと言いますと、
結局は親が悪い顔をしないような自分でいることが、
一番親が喜んでくれることですから、
まあこれでいいのか、という気持ちになって、
とりあえずそれで安心できる、という振る舞いを
するようです。そういう“いい子”が増えています。
環境・家族・個人何かが少しずつ
沢山ずれているのでは・・・
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